将来の日中関係について
私の外交についての考え方は、外交は、国益プラス国力プラス品格であると思っています。また、国力とは、軍事力プラス経済力プラス政治力であろうと思っています。この外交、国力の3つの要素の根底に流れている哲学は、「治国三要」の国を治める3つの要素、即ち、「食、軍、信」であると思います。食とは食糧、軍とは軍事力・武器、そして信とは、信用であります。どれが最後に残るか、「信なくして国立たず」であります。信用なくして国は成り立たない、企業も人も全く同じです。ですから、外交の基本も信、信用であると思います。人と人の間と同じように、国と国の間でも相手の信用を得るためには、嘘をついてはいけない、裏切ってはいけない、そして相手の立場に立って考えるということだと思います。一朝一夕に信用は得られない、人と人、友達同士、夫婦の間でも同じであり、国と国の間でも同じです。信用だけは金では買えません。いったん裏切れば回復することは大変難しい。時間もかかります。ですから、外交の基本は信用であると思います。
日中関係について懸念されることは2つあります。とくに国防関係については、両国首脳とも関係が悪化することは全く望んでいません。私は、中国の指導者の方々、日本の何人もの総理とお話する機会もありました。両国の指導者とも関係が悪化することは望んでいません。しかし、「パワー・ポリティクス」を突き進めていくと、その将来は対立の先鋭化しかないということは、極めて明らかなことです。これを避けるためには、人的相互信頼の下での幅広い交流の場を拡大するしかありません。相手の立場を考えながら進めていく以外に、この問題を解決するしかないと思います。
もう一つは、一般の交流の問題、国民感情を如何に改善していくかという問題です。いまやどの国においても、これは、大変重要な問題です。あえて申し上げれば、今の世界では、あらゆる政府、経済人、評論家・学者が国民の信頼を失いつつあります。欧州のdebt crisis、アラブのpolitical crisis、あるいは米国のウォール・ストリートの話もあります。世界のあらゆる分野で、困難なこの時期に、学者がどのような学説、政策を出すか。何も出ていない。国民は不安に思っています。現在の世界の国民の不安がここにあると思います。日中関係においても、国民感情の改善は重要な問題です。だからこそ、中国の56の民族全てと日本は交流していく必要があると思います。55の少数民族の人口は、日本の人口とほぼ同じです。私は、チベット自治区も新疆ウイグル自治区も行きました。あらゆる地方を回りながら、中国の普通の皆さんと会話をしたいと心がけています。普通の国民との交流の場をなるべく多く持つ、これが、日中の国民感情の改善をする唯一、最大の道であると思います。「打ち出の小槌」のようなものはどこにもない。長い時間をかけて、汗をかきながら、外交関係のリーダーが努力をする以外に方法はない。日中関係については、そういう方針で私は進めたいと思っています。
日中関係についての私の考えは、1972年に周恩来総理と田中角栄総理が署名した日中共同声明、その後の2008年まで、4つの日中の共同の政治声明の精神に基づいて、日中の正式な国交が始まっています。その周総理が日中は「和すれば益、争えば双方が傷つく」と言われましたが、自分も全く同感であり、過去2千年の日中の歴史において、晴れもあり、雨もあったが、日中両国は引っ越すことが出来ない、今後の幾千年も続く関係にあって、両国は仲良くする意外に他の選択肢はないのです。日中はお互いにこれからも争うことが多少はあるかも知れませんが、仲良くやっていく、これは両国首脳レベルの合意であると思います。そうでありますから、日中双方とも、どの政権になってもこの方針は変わらないと思います。とくに2012年は日中国交正常化40周年であり、何百という行事が行われると思います。とくに、青少年交流は今年末で計画は終わりますが、来年新たな計画が始まることを私は期待しています。
将来の中国経済
中国経済の将来と課題についてお話したいと思います。中国はこの30年間、毎年9%に近い経済成長を遂げています。日本も今から40、50年前に大変高い経済成長を経験しました。経済成長とは何か。ソロー教授によれば、経済成長率の方程式とは、生産人口の成長率、資本投下の伸び率、そして、全要素生産性(Total Factors Productivity;TFP )成長率の合計です。日本の経済成長については、3つの段階を経てきています。第1段階は、1955年から1973年の高度経済成長の時代であります。そして、第2段階が1973年から1990年の安定成長期であります。そして、第3段階が、1990年から現在までの低位成長期であります。今の中国はどこにあるかと言えば、この第1段階です。日本は、戦後、焼け野原と「レッドパージ」による政治家や経営者の追放といった人材不足の状態から、朝鮮戦争を機に急速に世界から「奇跡」と呼ばれるような経済成長を遂げました。それは、中国が過去30年間経てきた奇跡的な経済成長と同じであります。しかし、その成長の中身を見ると、日中では大きな違いがあります。日本については、まず、1955年当時の人口は約7700万人でしたが、その後、2005年まで平均して毎年100万人ずつ人口が増え、経済成長にプラスの貢献をしました。また、輸出によって資金を稼ぎ、国内の高い消費により経済が成長しました。これに対し、中国のここ30年間の高度経済成長は、消費よりも主に公共投資によるものです。実は、ここに、これからの中国の将来の経済成長の課題があると思います。日本は、高度成長期から、2回の石油危機を経て、安定成長に移行しました。この間、成長率は下がりましたが、物価は安定し、社会は安定しました。
さて、これからの中国経済を考えるうえで、私は、中国は、今、この経済成長の第1段階を終わろうとしていると考えています。これからは、インフラ投資、公共投資から国内消費が中国経済を引っ張っていく段階です。社会保障の整備、賃金の上昇により国内消費が大幅に増加する時期に来ていると思います。では、日本で国内消費が増えていく過程でどのようなことが起こったかについて少し申し上げたいと思います。
1955年、1960年くらいから1973年、1974年にかけて、日本では労働争議が飛躍的に増加しました。まさに、ここ2、3年、中国で労働争議が始まったのと同じです。この時期、日本ではそれまでの5倍、10倍の労働争議が頻発しました。私が会社に入社した頃には、一流企業でもストライキや残業拒否がありました。今の日本では、データを取る必要がないほど労働争議は少なく、年に10~20件くらいですが、一番多い1974年には、日本では5,000件の労働争議が発生し、給料は1年で約30%も増加しています。1960年から1974年の10年間あまりの、丁度第一段階の1500件から5000件近くまで、毎年のように労働争議が頻発しました。労働者の給料は年間平均で15%から約33%増加しました。当時、日本は所得倍増論、3倍論と言われました。中国はまさにこの時期に今あると思います。ですから、中国で労働争議が増えるのは何の不思議もないと思います。所得の格差がこのまま続くということはないと、私は思います。労働者の給料は経済成長とともに当然、上がっていくと思います。恐らく、今後の中国の経済成長は国内消費に大きく比重を移していくと思います。
もう一つ、日本が何故、奇跡的な経済成長を遂げたか、それは、普通の労働者の教育にあります。私の手元に、私が入社した年の英国の雑誌「エコノミスト」1962年9月1日号がありますが、同誌はこの号で日本経済の成長の原因について特集を組んでいます。実は、これは、「エコノミスト」のインタビューを受けた際、編集長からこの50年前の雑誌をいただいたのですが、当時、英国のエコノミストが注目した日本の奇跡的な成長の原因は何か。それは、日本の教育程度の高さでした。敗戦国日本が、戦勝国英国以上に教育に熱心であたのです。当時、最終学歴が、中学校以下の義務教育という人が、日本は40%、英国は60%、高校までという人が日本は45%、英国は30%、大学進学率は日本は10%、英国は7%以下でした。この教育程度の高さが、日本のその後の経済成長の基礎になったのではないか、つまり、その後の高品質の日本製品、欠陥率の少なさ、労働者の訓練度の高さ、新しい技術の吸収力の高さとなり、そして、経済成長の鍵を握る要因だったのではないか、ということです。私が申し上げたいことは、中国の最近の急速な経済成長に、ソフト面がついて行っていないことを懸念しています。あまりに急速な経済成長が続いているために、それを運営し、支える労働者の教育は大丈夫か、その技術を使いこなすだけの教育が一般労働者にあるか、技術を使いこなす人材が増えて行っているか、これが重要な問題です。お金さえ出せば、機械や設備はどんどん作ることができますが、しかし、それを運営し、実行する人は大丈夫か。新しい医療技術、これを使いこなす医療技術者の数が追いついているかということです。中国にはもちろん優秀な技術をもった労働者はたくさんおられます。日本の10倍以上いると思います。ただ、そうでない一般労働者もその10倍いる。彼らを教育していくために教育を10倍拡大できるか、それが、中国の経済発展の大きな鍵だと思います。もし教育で失敗すれば、成長そのものを破壊してしまうかもしれない。この点を私は懸念しております。
若者へ
私は、中国の各地をまわり、若い方と質疑応答をしています。多くの大学で学生から質問を受けることは、どうしたら将来偉くなれるか、お金をたくさん稼げるようになるか、ということです。昨年の各国の若者に対するアンケート調査によれば、日本で「将来偉くなりたいと強く思う」と答えた人はわずか8%、「暮らしていける収入があればのんびり暮らしたい」と答えた人が43%に上るそうです。中国では、前者は34.4%、後者は17.8%、韓国では、前者は22.9%、後者は21.6%、米国では前者は22.3%、後者は13.8%でした。日本では「偉くなりたいと強く思う」割合は世界で最低です。偉くなりたい人は100人のうち、8人だけ。これでは経済は成長しない。日本の将来は危ないと痛感しました。「偉くなりたいと強く思う」人の割合が1番多い国が中国、3人に1人です。この会場の中にもそう思う方がたくさんおられると思います。そこで、将来、中国の指導者、リーダーになりたい、そう強く思っておられる方に一つ申し上げたいと思います。
日本企業の入社試験でこのようなことを言われたという話があります。君は、蟻になれるか、トンボになれるか、人間になれるか、と質問されたという話です。ここで、蟻になれるか、という意味は、蟻のように泥まみれになりながら、言われたことを文句一つ言わずに働けるか、ということです。それは20代に、とにかく人よりも先に仕事を覚えるんだ、という人のことです。トンボになれるか、という意味は、トンボの複眼のように、様々な角度から物事が見られるか、ということです。これは、30代に、あらゆる意味で自分の仕事のプロになり、自分の仕事については、誰にも負けないといえるほど勉強できる人のことです。将来、指導者になりたい人は、これらをやり遂げなければいけない。他人以上に勉強し、他人以上に働かなければ、指導者の資格はない。人間の能力にそれほど差はありません。大学4年間でいくら勉強ができても、それは人生の一コマです。大学でいい成績を取っただけではリーダーの資格はない。
そして、最後の人間になれるか、という意味は、温かい血が流れているか、ということです。フランスの思想家モンテーニュの「エセー(随想録)」において、彼は、今から二千数百年前のギリシャの哲学者アリストテレスが、マケドニアの国王、アレキサンドロスの教育係を引き受けた際に、一番苦心したことについて書いています。それは、文字に書かれていること、知識を教えることは易しい、問題は文字の背景にある、勇気、決断、愛情、思いやり、人の立場に立って考える力、こうしたことをどうやって教えるか大変苦労したということです。人間として、本当に常識と良識を持った人に育つことができるか、思いやりや決断力、こうした力を持っているか、それが人間になれるか、という意味だと思います。是非、中国の指導者になろうという方は、こうした点をよくお考えになっていただければと思います。これは、12年、社長や会長をやっていた自分には大変よく分かる話です。
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