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北京青年報インタビュー(13.01.19)(仮訳)

 

日中関係が重大な困難に直面
新しい駐中国日本国大使・木寺昌人氏が本紙の単独インタビュー時に発言
日中は「和」の字を優先し、自制を保つべき

 

(图片来源:北京青年报)

 

 昨年9月に日本が尖閣諸島(中国語記事原文では「釣魚島」)に対し、所謂「国有化」をした後、日中関係は大変困難な状況に陥り、「政冷経涼」の状況にある。当時、内閣官房副長官補であった木寺昌人氏は、自分が、赴任前に突然病死した西宮伸一氏に替わって、駐中国日本国大使に任命されることになるとは思いもしなかった。


 赴任して一ヶ月経っていない木寺昌人大使が、日本大使館で本紙の単独インタビューに応じてくれた。彼は、自分の一番の任務は日中友好関係を発展させることと述べ、「困難な時期こそ交流を推進すべき」と語った。日中の将来に対する希望を一文字で表して欲しいとの本紙記者の要望に対して、彼はしばらく考えてから、「和」の文字を書いた。

 

日中は個別の困難を適切に処理すべき
北京青年報:昨年12月25日の着任から今までどのような仕事をされたか。
木寺大使:私は、唐家璇日中友好協会会長、楊潔篪外交部長等、中国要人に着任のご挨拶をした。20年前、外務省で日中関係を担当していた頃、唐家璇、王毅(国務院台湾弁公室主任)、武大偉(外交部朝鮮半島事務特別代表)、程永華(駐日本中国大使)等、中国の友人たちと知り合いになった。この古い友人たちの中にはすでに会えた方もいるし、まだ会えていない方もいる。

 

北京青年報:以前、日中関係を改善することが一番の任務と言われたが、この「任務」にとって最大の挑戦は何か。
木寺大使:特定の困難のために、日中関係全体が困難な状況になることは、双方の国民の利益にはならない。このようなとき、日中双方が大局に立って、個別の困難な状況を適切に処理しなければならない。駐中国日本国大使として、私の一番の任務は日中の友好関係を拡大、発展させることである。中国の要人や各界の方々に、日中関係を発展させることは双方の利益になると説明していきたい。

 

困難な時こそ交流を促進すべき

北京青年報:両国の関係をどのように「解凍」するのか。

木寺大使:日中の友好関係を増進するには、交流を推進することが大切である。日中の未来を背負っている若者の間の交流を推進することを希望している。こうしてこそ、お互いの相手に対する印象を変えることができる。
 私が初めて中国を訪問したのは1987年であり、当時は中華全国青年連合会のお招きで訪中した。これも私が青少年交流の重要性を強調している理由である。日中間には、政府と民間で多くの青少年交流の計画がある。困難な時期こそ、交流を促進して、お互いの理解と信頼を深めるべきである。今年の1月5日に、日本の留学生と中国の学生が大使館で日中成人式を開催した。私は大使館を代表して参加したが、大変うれしく思った。

 

北京青年報:お互いの印象について触れられたが、最近の世論調査では、両国の国民感情はあまり改善せず、むしろ悪化の傾向にある。これについてどう感じているか。

木寺昌人:このような状況はあるかもしれない。中国の友人の中には、日本に対して、異なった印象を持っている人がいる。私はもっと多くの中国の方々と会って、日本の印象の改善に努めたいと思う。日本でも、中国に対する印象が悪化している人たちがいる。私たちは、日本国内に対しても、中国の様々な面を紹介し、お互いの印象が改善するきっかけとしたいと思う。お互いの印象を改善するためには、メディアの役割も大変重要である。お互いのよい面をもっと報道してほしい。

 

自由貿易協定交渉は両国の重大な使命

北京青年報:日中の緊張した関係は、両国経済に影響しないか。

木寺大使:昨年10月以降、日本製品の中国での販売は低迷している。もしこのままの状況が続けば、両国はともに影響を受ける。中国の日系企業は中国企業であり、同企業で働いているのは中国人職員であって、生産された製品も、中国製品である。
 2年前、日中間では年間のべ500万人以上の人的往来があったが、そのうちの多くが観光客だった。現在、双方の観光客数は減少しており、とても残念である。例えば、東京の銀座には多くの中国からの観光客がいたが、最近はとても少なくなった。

 

北京青年報:日中の経済関係をどのように見ているか。

木寺大使:日中の経済関係は緊密で、相互に依存している。2012年1月から11月まで、世界の対中直接投資が3.6%減少した中、日本の対中投資は、11.3%増加した。貿易では、日本の対中輸出の60%は素材や部品で占められているが、中国の輸出品には、多くの日本企業の素材や部品が使われている。雇用面では、中国進出日系企業は2万2307社にのぼり、直接・間接を含め1000万人以上の雇用機会を創出している。これら日系企業は、中国でCSRも展開しており、中国社会の発展に貢献している。
日中両国はそれぞれ世界第3位と第2位の経済体であり、両国がいかに経済で協力していくかは、世界が注目している。政治関係を改善するだけでなく、経済関係の改善も私の主要な任務である。

 

北京青年報;どのように経済関係を改善するか。

木寺大使:政治的要素に左右されず、協力関係の促進を継続していく。これは、両国に大きな利益をもたらすだけでなく、世界経済の改善に対して責任を果たすことにもなる。この目標を実現するために、重要な取組みの一つが、日中韓自由貿易協定交渉の開始である。これは、2013年の日中両国の重大な使命でもある。

 

安倍内閣の実際の政策をよく見ていただきたい

北京青年報:日本の対中政策は「政経分離」であり、ハト派の「経済路線」とタカ派の「軍事路線」を採用しているとの指摘もあるが、日本にとって中国の台頭は、脅威かチャンスか。

木寺大使:中国で日本メディアの一部報道が比較的強硬であるという話は耳にしているが、日本でも中国の採った措置を脅威とみなす人もいる。自制することが非常に重要である。
 中国の発展は、日本と世界にとってチャンスである。日中関係は我々にとって最も重要な二国間関係の一つである。2006年に(当時の)安倍晋三総理が訪中した際の、「日中共同プレス発表」においては、この考え方が明確に記載されている。また、日中経済は相互依存関係にあり、両国は東アジア及び世界の平和、安定に責任を負っている。これは中国側も同じ考えだと確信しており、中国の積極的な対応を期待している。現在、日中は困難な局面にあるが、両国は大局に立って、戦略的互恵関係を共に構築しなければならない。

 

北京青年報:報道によれば、安倍内閣には右翼的人物が多く入閣しており、更に強硬な対中政策を採る可能性があるとのことである。大使はどのように評価されているか。

木寺大使:日本メディアの一部報道に基づく判断は、事実と合致していない。安倍内閣が実際にどのような対中政策を進めていくのかよく見ていただきたい。

 

憲法改正は民意が反映される形で実施される

北京青年報:安倍総理は憲法を改正し、自衛隊を「国防軍」にする等と主張し、世論はこれを日本で軍国主義が復活するのではないかと心配しているが、大使は、日本は今後どこに向かって行くと思うか。

木寺大使:軍国主義が日本で復活することはあり得ない。日本に来たことのある中国の方は、日本で軍服姿を見かけないことに対して驚く。
 第二次大戦後、日本は平和愛好国家として、アジアと世界の平和と繁栄に貢献してきた。これは国民の支持を得ている国是であり、変わることはない。どの政権でも、その前提が変わることはない。
 憲法改正については、我々は、色々な角度から長く討論してきている。いずれにせよ、憲法改正は、国民の意志を反映した形で行われるものである。

 

中国におけるネット世論の影響力に関心

北京青年報:木寺大使はどんな大使になりたいか。

木寺大使:東京でインタビューを受けた際、外交にはミラクルはないと申し上げた。以前の駐中国日本国大使にもお会いし、彼らからアドバイスもいただいた。私の性格は地味なので、多くの中国の友人と会って説明していくことが、私のスタイルに合っている。私のオフィスのドアは、常に開かれているので、皆さんに来て頂くのを歓迎したい。
 私の前任の丹羽大使は、多くの中国の地方都市を回られた。私も中国の様々な地方の人々の生活や特産の料理や様々な中国文化を知りたいと思う。北京にまだ来たばかりであり、まだ具体的な計画はないが、なるべく早く地方訪問の計画を立てたい。

 

北京青年報:大使は、ソーシャル・ネットワーク・メディアを使って、中国のネット・ユーザーと交流するつもりはあるか。

木寺大使:中国でソーシャル・メディアが盛んであることは承知しており、駐中国日本国大使館も微博等のソーシャル・メディアを通じて日本関連情報を発信している。私は、インターネットの中国世論に与える影響力に注目している。私はこうした新しい技術は不得手だが、色々なチャネル・機会を通じて、中国の友人たちと交流したいと思う。

 

田中角栄氏と周恩来氏が握手している様子をよく覚えている

北京青年報:大使は中国といくつもの縁について話されたことがあるが、最も印象に残っている事は何か。

木寺大使:私は、1952年10月10日生まれである。父親が私の名前を付ける際、1911年10月10日の辛亥革命勃発にちなんで、私の名前の「昌」の字を武昌から取って名付けた。私は小さい頃から、よくその話を聞いていた。
 20年後の1972年、日中は国交正常化を実現した。当時、私は学生だったが、日中関係の新たなスタートを実感した。当時、田中角栄総理と周恩来総理が、熱意をもって握手している情景は、今でもよく覚えている。
 1992年は、日中国交正常化20周年で、私は外務省中国課で勤務していた。当時、中国は国際社会で困難な状況に直面していたが、日本は先進国の中で率先して、中国に円借款等を提供し、中国の改革開放を積極的に支持した。また、その年に、天皇皇后両陛下が訪中し、私もその関連の仕事に携わった。中国の友人たちが両陛下を熱烈に歓迎してくれたことは、とても深く印象に残っている。
 また20年が経って、2012年、私は駐中国日本国大使として、中国で勤務することになった。更にあと20年経てば、2032年である。その時、自分がどんな状況にあるかは分からないが、日本或いは中国、もしかしたら天国で中国の友人たちとゴルフを一緒にしているだろう。

 

略歴
木寺昌人氏は1952年東京都生まれ、東京大学法学部卒業。
1976年外務省入省、中国課首席事務官、国際協力局長、外務省官房長などを歴任。
2012年9月、内閣官房副長官補に就任。
2012年10月、駐中国日本国大使に任命。

 

インタビュー記事原文:http://file.ynet.com/3/1301/19/7767695.Pdf


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