垂大使が中国社会科学院主催「日中関係と国際秩序」-日中平和友好条約締結45周年記念国際学術シンポジウム開幕式に出席(2023年10月25日)
令和5年10月25日
10月25日、垂大使は、中国社会科学院主催の「日中関係と国際秩序」-日中平和友好条約締結45周年記念国際学術シンポジウム開幕式に出席し、挨拶を行いました。
開幕式では、垂大使のほか、福田康夫・元日本国内閣総理大臣、高翔・中国社会科学院院長、呉江浩・駐日中国大使(ビデオ形式)が挨拶を行いました。
垂大使の挨拶は以下のとおりです。
尊敬する 福田康夫・元日本国総理大臣
高翔(こう・しょう)中国社会科学院院長、
御来席の皆様、友人の皆様、こんにちは。
本日は、皆様と共に日中平和友好条約45周年をお祝いできることを心からお慶び申し上げます。
日中両国は、昨年国交正常化50周年を迎え、また今年は平和友好条約締結45周年という節目の年を迎えています。長い歴史の中で、日中関係は数々の困難に直面してきましたが、その風雪に耐え、一つ一つ乗り越えてきました。しかし、日中関係が受ける厳しい試練は、容赦なく続きます。現在もまた、日中関係は新たな困難に直面しています。
御列席の皆様、
日本人は過去、長い歴史の中で様々な漢籍、つまり中国の古典から、人としての在り方、日々の生活の知恵、治国の理念を学んできました。例えば、唐詩の修得は、平安時代の宮廷人の教養として必須のものでありました。江戸時代には、寺子屋を通じて庶民に至るまで、漢文の素養を修得することは当然のように求められ、各人の人格形成に大きな役割を果たしてきました。今でも、日本では、中学・高校で漢文の授業があります。私も、学生時代に四書五経の一部を学び、当時漠然としながらも、己を修め、人を治めることの大切さに気がついたことを覚えています。壮年になってからも、著名な先生に就いて漢籍を学び直す機会もありました。
現下の日中関係に目をやれば、決して理想的とは言えない状況にあります。日中両国は困難な挑戦を前に困惑し、自らの「立ち位置」を見失っていると言ってもいいかもしれません。私は、こういう時期だからこそ、共通の古典に慣れ親しんできた日中両国は、そこに知恵を求め、関係改善の糸口を見つけるべきであると考えています。
『論語』には、「人、遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり。」とあります。これは、現在の日中関係の問題点を端的に表していると言えましょう。「遠き慮り」の欠如、すなわち、戦略的思考の欠如こそが、我々が目の前の問題に囚われ、「立ち位置」を見失っている根本的な原因に他なりません。
日本と中国は共にアジアに位置する大国です。日中関係の安定は両国民の利益であるだけでなく、地域ひいては世界の安定と平和に寄与します。国益が異なれば、時に一定の摩擦や対立があるのはごく自然なことであります。しかし、より重要なことは、両国が立場の違いはあっても、戦略的高みに立って意思疎通を続け、日中関係を安定させることであります。
また、『論語』は、「君子は、和して同ぜず」と教えます。この考え方もまた、現在の日中関係が必要とする珠玉の教えであると思います。日中両国は協調すべきではありますが、政治体制が異なる以上、主体性を失って安易に同調する必要はありません。必要なときには、主張すべきことをしっかりと主張しながらも、協調を模索していくことが大事であります。逆に、協調のために主体性を失って、同調だけを求めるのは、真の君子の付き合いではありません。「君子は、和して同ぜず」の後に、「小人は、同じて和せず」と続きます。日中両国も君子であると、私は信じたいと思います。
日本人が漢籍から学んだものは、四書五経にとどまりません。日本における超ロングセラーとも言える『貞観政要』もまた、古くに中国から日本に伝えられ、日本に大きな影響を与えた古典であります。これは、中国歴代王朝で最も英明な皇帝とされる唐の太宗(李世民)と、魏徴をはじめとする臣下たちとの問答をまとめたものです。北条政子、徳川家康、明治天皇といった日本の多くの為政者が帝王学としてこれを学んできただけでなく、現代でも日本の各界のリーダーが愛読しています。ほかならぬ私も、中国大使に就任するに当たり、『貞観政要』に知恵を求めました。今、日中両国に最も必要とされている戦略的思考についても、我々はこうした先人の知恵から大いに学ぶことができると思います。
御列席の皆様、
以上見てきましたように、日本は古くより、中国から非常に多くの普遍性のある文化や考え方を、漢籍を通じて学んできました。また、日本は、中国から学んだものを、日本の独自の文化として主体性を持たせて発展させてきたものもたくさんあります。例えば、「茶道」は中国から取り入れたお茶を独自の日本の文化として育成し、一種の芸術として昇華させたものであります。そこでは新たな普遍性が宿り、今や多くの中国人が日本の「茶道」を学んでいることは良く知られたことであります。このように、我々日中両国は、多くの文化や考え方を共有できるすばらしい土壌があります。
現在、日中関係は大きな挑戦を迎えています。こうした時だからこそ、我々日中両国は、その共通の土壌である過去の英智に教えを求め、関係の打開を図っていく必要があるのではないでしょうか。
45年前、我々の偉大な先人達は、過去の知恵を踏まえて、日中平和友好条約を締結し、両国が「永遠の隣人」として進むべき大きな方向性を示してくれました。日中両国は隣国であるがゆえに、様々な摩擦や立場の違いがあるのは正常なことであります。「君子は、和して同ぜず。」主体性を失わず、協調を模索していくことが何よりも大切であることを改めて強調したいと思います。
日中平和友好条約締結45周年を契機として、日中関係に従事する全ての関係者が、日中両国にはすばらしい普遍性のある共通の財産があることを、いま一度想起し、未来の日中関係を展望するための「立ち位置」を見定めることができるよう願ってやみません。
最後になりますが、本日のすばらしいフォーラムが成功裏に開催されますこと、そして皆様のますますの御発展と御活躍を祈念して、私の挨拶とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。
開幕式では、垂大使のほか、福田康夫・元日本国内閣総理大臣、高翔・中国社会科学院院長、呉江浩・駐日中国大使(ビデオ形式)が挨拶を行いました。
垂大使の挨拶は以下のとおりです。
尊敬する 福田康夫・元日本国総理大臣
高翔(こう・しょう)中国社会科学院院長、
御来席の皆様、友人の皆様、こんにちは。
本日は、皆様と共に日中平和友好条約45周年をお祝いできることを心からお慶び申し上げます。
日中両国は、昨年国交正常化50周年を迎え、また今年は平和友好条約締結45周年という節目の年を迎えています。長い歴史の中で、日中関係は数々の困難に直面してきましたが、その風雪に耐え、一つ一つ乗り越えてきました。しかし、日中関係が受ける厳しい試練は、容赦なく続きます。現在もまた、日中関係は新たな困難に直面しています。
御列席の皆様、
日本人は過去、長い歴史の中で様々な漢籍、つまり中国の古典から、人としての在り方、日々の生活の知恵、治国の理念を学んできました。例えば、唐詩の修得は、平安時代の宮廷人の教養として必須のものでありました。江戸時代には、寺子屋を通じて庶民に至るまで、漢文の素養を修得することは当然のように求められ、各人の人格形成に大きな役割を果たしてきました。今でも、日本では、中学・高校で漢文の授業があります。私も、学生時代に四書五経の一部を学び、当時漠然としながらも、己を修め、人を治めることの大切さに気がついたことを覚えています。壮年になってからも、著名な先生に就いて漢籍を学び直す機会もありました。
現下の日中関係に目をやれば、決して理想的とは言えない状況にあります。日中両国は困難な挑戦を前に困惑し、自らの「立ち位置」を見失っていると言ってもいいかもしれません。私は、こういう時期だからこそ、共通の古典に慣れ親しんできた日中両国は、そこに知恵を求め、関係改善の糸口を見つけるべきであると考えています。
『論語』には、「人、遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり。」とあります。これは、現在の日中関係の問題点を端的に表していると言えましょう。「遠き慮り」の欠如、すなわち、戦略的思考の欠如こそが、我々が目の前の問題に囚われ、「立ち位置」を見失っている根本的な原因に他なりません。
日本と中国は共にアジアに位置する大国です。日中関係の安定は両国民の利益であるだけでなく、地域ひいては世界の安定と平和に寄与します。国益が異なれば、時に一定の摩擦や対立があるのはごく自然なことであります。しかし、より重要なことは、両国が立場の違いはあっても、戦略的高みに立って意思疎通を続け、日中関係を安定させることであります。
また、『論語』は、「君子は、和して同ぜず」と教えます。この考え方もまた、現在の日中関係が必要とする珠玉の教えであると思います。日中両国は協調すべきではありますが、政治体制が異なる以上、主体性を失って安易に同調する必要はありません。必要なときには、主張すべきことをしっかりと主張しながらも、協調を模索していくことが大事であります。逆に、協調のために主体性を失って、同調だけを求めるのは、真の君子の付き合いではありません。「君子は、和して同ぜず」の後に、「小人は、同じて和せず」と続きます。日中両国も君子であると、私は信じたいと思います。
日本人が漢籍から学んだものは、四書五経にとどまりません。日本における超ロングセラーとも言える『貞観政要』もまた、古くに中国から日本に伝えられ、日本に大きな影響を与えた古典であります。これは、中国歴代王朝で最も英明な皇帝とされる唐の太宗(李世民)と、魏徴をはじめとする臣下たちとの問答をまとめたものです。北条政子、徳川家康、明治天皇といった日本の多くの為政者が帝王学としてこれを学んできただけでなく、現代でも日本の各界のリーダーが愛読しています。ほかならぬ私も、中国大使に就任するに当たり、『貞観政要』に知恵を求めました。今、日中両国に最も必要とされている戦略的思考についても、我々はこうした先人の知恵から大いに学ぶことができると思います。
御列席の皆様、
以上見てきましたように、日本は古くより、中国から非常に多くの普遍性のある文化や考え方を、漢籍を通じて学んできました。また、日本は、中国から学んだものを、日本の独自の文化として主体性を持たせて発展させてきたものもたくさんあります。例えば、「茶道」は中国から取り入れたお茶を独自の日本の文化として育成し、一種の芸術として昇華させたものであります。そこでは新たな普遍性が宿り、今や多くの中国人が日本の「茶道」を学んでいることは良く知られたことであります。このように、我々日中両国は、多くの文化や考え方を共有できるすばらしい土壌があります。
現在、日中関係は大きな挑戦を迎えています。こうした時だからこそ、我々日中両国は、その共通の土壌である過去の英智に教えを求め、関係の打開を図っていく必要があるのではないでしょうか。
45年前、我々の偉大な先人達は、過去の知恵を踏まえて、日中平和友好条約を締結し、両国が「永遠の隣人」として進むべき大きな方向性を示してくれました。日中両国は隣国であるがゆえに、様々な摩擦や立場の違いがあるのは正常なことであります。「君子は、和して同ぜず。」主体性を失わず、協調を模索していくことが何よりも大切であることを改めて強調したいと思います。
日中平和友好条約締結45周年を契機として、日中関係に従事する全ての関係者が、日中両国にはすばらしい普遍性のある共通の財産があることを、いま一度想起し、未来の日中関係を展望するための「立ち位置」を見定めることができるよう願ってやみません。
最後になりますが、本日のすばらしいフォーラムが成功裏に開催されますこと、そして皆様のますますの御発展と御活躍を祈念して、私の挨拶とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。