尊敬する張研農・人民日報社社長、
尊敬する雲南省政府指導者の皆様、
尊敬するモクタン・ASEAN副事務局長、
ご在席の皆様、こんにちは。
本日の会議にお招きいただき、心より感謝申し上げます。
私は、北京の日本大使館で昨年の9月から、広報と文化を担当しています。中国については経験が短いので、分からないことが多いのですが、新鮮な目で見る利点もあるかと思います。数年前には、東京の外務省で報道課長を務めていたこともありますし、現在も日々の仕事の中で色々なメディアの方と接する機会も多いので、メディアの役割について様々なことを考えさせられています。本日は、このような機会に参加する機会をいただき、御礼申し上げます。実は、ここ雲南省は3ヶ月前にも訪問し、麗江、昆明、そして東南部の文山壮族苗族自治州を回らせていただきました。大変美しい風景と特色ある文化を有している雲南を短い間に2回も訪れることができ、大変うれしく感じています。3ヶ月前になぜ来たかと言いますと、観光目的もあったのですが、日本の福岡に「劇団道化」という劇団があり、その劇団が昨年に続いて雲南省で行った巡回公演の応援に来たのです。私が参加したのは一部だけでしたが、「劇団道化」は、日本雲南連誼協会と協力しながら、同協会が校舎建築等の資金援助をしてきた雲南省の小学校のうちの6校で、児童劇「3びきの子豚」を中国語で演じました。きらきらと目を輝かせながら、劇に見入っている雲南の子どもたちの姿を見て、私は、草の根交流の力というものを具体的に感じた次第であります。
さて、まず日中関係ですが、政府間の関係は、皆さん御存じの通り、昨年来大変厳しい状況にあります。 どのような時でも対話は重要だと信じますが、残念ながら、首脳や外相といったハイレベルでの政治対話は実現していないのが現状です。いずれにしても、我が国としては、日中関係は最も重要な二国間関係の一つと考えており、個別の問題はあっても、関係全体に影響を及ぼさないように努力し、発展させていくべきと考えています。
目を経済、文化、教育などの分野での交流に向けますと、日中間の交流は、今や大変幅広く、深いものになっています。国交を正常化した約40年前には、日中両国を往来する人の数は年間1万人以下でしたが、今では、年間約500万人の人が日本と中国の間を往来しています。また、年間11億ドルだった貿易額は、昨年、約300倍の3337億ドルになりました。情報の流通にいたっては、IT技術の発達によって、比較することすら困難です。私は今、中国にいますので、日中についてお話しましたが、同じような交流の増大は、多かれ少なかれ、東アジア全域について言えることだと思います。
もう一つ例を挙げます。国際交流基金の統計によれば、中国における日本語の学習者が100万人を突破しました。全世界の日本語学習者は約400万人ですので、4人に1人は中国の方ということになります。私は時々、学生の日本語スピーチ・コンテストなどに招かれて、審査員をすることもあるのですが、中国の学生の日本語レベルの高さには驚かされます。面白いのは、「あなたはなぜ、日本語の勉強を始めたのですか?」と聞くと、相当の割合で、「日本の漫画やアニメが大好きだから。」というのです。先般引退を表明して話題になったスタジオ・ジブリの宮崎駿監督の作品や毎年ノーベル文学賞の候補に挙げられる村上春樹の小説は、中国だけでなく、韓国や東南アジアでも大変人気があると聞いています。
外国作品の規制の問題もあって、現在、中国の映画館やテレビでは、日本のアニメや映画はほとんど見ることができませんが、若い人たちは、日本のことを本当によく知っています。今年、日本では「半沢直樹」というドラマが大ヒットし、「倍返し」という流行語を生みました。若者を中心に、多くの中国の方がこのドラマのことを、私以上によく知っています。彼らはインターネットを通じて情報を得ているのです。
これはほんの一例に過ぎませんが、経済的な相互依存関係の深化やITによる通信手段の発達によって、政治レベルとは異なる次元における、国民同士の交流は確実に増えてきています。私はこのことを観迎します。現在においても、外交の中心が主権国家であることは紛れもない事実です。そして、特にこの東アジアにおいては、領土や資源、安全保障などの問題を巡って、主権国家同士の間で対立や摩擦が起きています。そのような状況の中で、政治的な問題は政府にしか解決できないことも多いでしょう。しかし、政治問題が人々の生活の全領域に影響することが健全であるとは思いません。たとえ、政府間では緊張関係があるときでも、様々な分野での交流は続けられるべきです。そして、人々の間で一定の相互理解や相手に対する配慮が存在すれば、政府としても、むやみに対立をエスカレートすることはできないはずです。逆に、国民が相手のことをまったく理解せず、自国のナショナリズムだけを強調すれば、政府は妥協が難しくなるでしょう。
メディアには、記事になりやすい政府間の対立や摩擦のみに焦点を当て、相手国のマイナスのイメージを強調するのではなく、是非、積極的な側面、様々な交流の側面についても紹介して欲しいと願っています。その意味で、本日の会議のテーマ・ペーパーが、ポジティブなエネルギーを広めるためのメディアの役割について強調していることを観迎いたします。
私は先ほど、日中を含む東アジアで交流が大変幅広く、そして深くなっているといいましたが、それでも、実際に相手のことをある程度でも正確に理解している人となると、ごく一部といわざるを得ません。実際には、お互い相手国に行ったこともなく、新聞やテレビを見て、相手に関するイメージを形成する人がほとんどです。従ってメディアの役割は本当に大切です。特定の固定的な視点からのみ報道するのではなく、事実に基づいて、多様な意見を紹介し、全体的な真実が何かということを浮かび上がらせるのが優れた報道ではないかと思います。
人々が直接交流することも極めて重要です。人々が自分の目で見、自分の耳で聞き、自分で考えることです。その観点から、次代を担う青少年の交流は特に重要であり、日本政府としては、JENESYS2.0というプログラムを通じて、今年から数年間で中国を含むアジア太平洋諸国及び地域の青年を3万人規模で日本に招き、ありのままの日本を見てもらう計画を実施中です。中国との間では日中関係の影響を受けて、今年前半は実施が滞りましたが、徐々に回復してきており、これまでに約600人の青少年が訪日し、来年3月頃までには合計約1200人がこのプログラムで日本を訪れる予定になっています。我々としてはこの数字を更に大きなものにしていくべく、現在準備中です。もちろん、政府関連のプログラムだけではなく、企業や民間団体を含め、様々な団体が規模こそ異なれ、数多くの招聘プログラムを実施しています。
相手国を直接体験するという意味では、観光も重要です。その観点からは、近年、東アジア各国の間で旅行者が増えているのは観迎すべきことです。日本も、積極的な観光誘致を行っており、また、円安の効果もあって、今年は過去最高だった年間861万人を既に超え、目標の1千万人に迫る勢いです。
しかし、実際に旅行できる人は限られていますし、旅行したところで見たり聞いたりできるのは現実のごく一部ですから、やはり、メディアの役割は非常に重要です。今はインターネットの時代ですが、インターネットの情報はあまりにも多種多様であり、無責任なものも多く、何が全体的な真実かを知ることはかなり難しいと思います。下手をすると、極めて偏った間違ったイメージが作り上げられることにもなりかねません。やはり経験と見識のあるジャーナリストの視点、報道が極めて重要である所以です。
世界において依然、欧米メディアの影響が強いというのは事実だと思います。英語やフランス語といった言葉の問題もあるでしょう。しかし、私は、アジアのメディアも欧米に対抗してアジアの価値や利益を発信すべきだという考え方には違和感を感じます。私は、欧米とは異なるアジア的な考え方や価値観があるということを完全に否定するわけではありませんが(例えば、東アジアの一部諸国における儒教的な価値観などはそうかもしれません)、しかし、アジアといっても、多種多様であり、アジアの価値や利益とは何かという大問題があります。日本でも以前、「日本的な価値観」とか「アジアの価値観」とかが盛んに主張された時期がありましたが、最近ではそれほど言われていないように思います。実際には、アジアの中でも、価値観や利益は多様であり、その調整に難儀しているというのが現状ではないでしょうか。
先ほども述べましたが、私はメディアの役割で一番重要なのは、事実に基づいて報道し、全体的な真実に迫ることだと思います。対立があるときには、自国が正しいと一方的に主張するだけではなく、相手国の主張や言い分も紹介すべきです。また、自国にもまた相手国の中にも様々な見方や意見があることを紹介すべきです。そして、読者や視聴者にも自分自身で考える機会を与えて欲しいと思います。
私は、アジアにおいても、そのような意味での良質な報道が増えてくれば、世界におけるアジアのメディアの影響力は自然に高まっていくと思います。結局は、真実と説得力が重要であり、単なるプロパガンダでは相手にされません。
一昨年のこの会議には、私の同僚の堀之内秀久特命全権公使が出席しました。その際、堀之内公使は、アジアには多種多様な文化、宗教、そして文明的な背景があることを指摘しながら、相違は相違として、相互理解と寛容を強めるべきであると述べました。同感です。私たち外交官も心すべきことですし、メディアの皆さんも、是非、相互理解と寛容の精神を忘れずに世界を見ていただければと思います。
最後に、改めて本日の会議を開催された人民日報社、受け入れに尽力された雲南省の皆様に感謝申し上げます。
ご静聴ありがとうございました。
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