日本大使館広報文化センターに入ると、鯉のぼりや日本の武者の人形、そして本棚には「日本」をキーワードにしたたくさんの書籍や雑誌等が目に入り、日本文化の空気を強く感じさせてくれる。また、大使館が頻繁に開催している各種文化イベント、特に毎月2回の映画上映会は、更に多くの中国人の注目と参加者を集めている。これらは、日本の「润物细无声(雨が静かに降り、万物に潤いを与える)」というべき公共外交の技巧を表すものである。在中国日本大使館は、日常の仕事において、中国人が受け入れやすい公共外交活動をどのように展開しているのか。昨年一年間の公共外交の活動を振り返って、どのようなことを感じたのか。昨年12月18日、私たちは、在中国日本国大使館の公使、広報文化センター長の三上正裕氏にインタビューを実施した。以下は、そのインタビュー録である。
公共外交の仕事の重点
「日本は公共外交を一貫して重視しています。外交は、もはや外国政府だけを対象にしたものではありません。直接又は間接的な手段を通じて、相手国国民の自国への理解を深め、相手国での自国のイメージを形成する、これが公共外交の果たす役割です。日本外務省には、公共外交を担当する組織として、Public Diplomacy Strategy Divisionという課があり、外務省及び在外公館の公共外交の計画と調整を行っています。」
在中国日本国大使館は、日本政府の中国における代表であり、公共外交活動を非常に重視し、且つ積極的に展開している。日本大使館の公共外交活動の対象は、日本に対して複雑な心理と感情を持つ中国の一般人である。政治、外交が困難な状況の中、日本大使館の公共外交の仕事をどのように展開し、日中関係の調和的発展を促進するのか、これは日本大使館が非常に重視している問題である。
現在、日本大使館が公共外交を展開するに当たっては、以下の3つの重点がある。第一に、中国人が受け入れやすい文化的記号を更に発掘して、日本映画上映会、日本文化紹介イベント、日本留学セミナーなどのイベントを積極的に企画、実施し、民衆の友好の基礎を拡大すること。第二に、中国にある大使館以外の政府機関、非政府機関、企業との協力を強化して、彼らの活動の支援、バックアップをしっかりと行うこと。第三に、大使館の活動の広報をしっかり実施し、中国のメディアや大学、学術機関との連携を積極的に展開すること。
広報文化センター-日本の魅力を感じる窓口
日本大使館の広報文化センターは、2012年2月に新しいオフィスに引っ越してからは、毎週火曜日から土曜日までオープンしている。身分証明書を提示すれば誰でも入れ、写真と身分証明書のコピーがあれば会員証を作ることができる。ここには視聴センターがあり、自由に日本の映画やドラマを見ることができる。また、閲覧室では、無料で日本の漫画、雑誌、新聞を読むことができる。そして、日本留学の相談室、映画上映会、不定期的で様々な日本文化のイベントを実施している。三上公使は、「中国の皆さんにここに来て、日本文化を理解し、日本への理解を深めてほしい」と語った。
日本映画上映会
映画はアイデンティティや文化的連帯感の形成の面で、その影響力は他とは比べものにならないほど大きい。広報文化センターでは、毎月選りすぐりの一つのテーマを選んで、2作品の映画を上映している。毎回映画を見るとき、注意深い人であれば座席にアンケート用紙が置かれているのに気づくだろう。広報文化センターは、企画・実施面において、いつもこれまでの参加者の意見や要望に「真剣に耳を傾け」、テーマを選ぶ際にはそれらを十分に斟酌して、日中共通の文化的要素を考慮して、中国人の観客の好みに合わせている。言葉を変えれば、毎回、大スクリーンに映し出される映画は、中国人観客との意思疎通と交流の現れなのである。
「のんちゃんののり弁」には日本の本場のお弁当文化が、「雪に願うこと」には人の失望と再生が、そして、「ハッピーフライト」には飛行機の安全飛行のために努力している人たちの物語が描かれている。これらの映画は、日本の伝統文化を様々なレベルで表現していて、中国の観客が非常に関心を持つものである。映画が伝えている友情、努力、夢等も、中国の観客の心によく共感を呼び起こすものである。
日本文化イベント
日本文化と言って頭に浮かんでくるのは、雄大な富士山と色鮮やかな桜、木で作られた格子から滲み出る優雅な灯りが映し出す快適な畳と、そして芳醇でさわやかな香の日本酒、色と香りと味が全部そろった寿司等であろう。これらのそれぞれが特色を持つ文化的記号が、世界で唯一の日本的風情を作り出すのである。
2013年に広報文化センターは相次いで各種の日本文化紹介イベントを実施した。日本酒、着物、太鼓、日本舞踊、日本料理などの伝統文化を中国の民衆に紹介した。毎回イベントには多くの中国人が参加し、日本文化への理解を深めた。
注目すべきは、9月8日、アルゼンチンで開催されたIOC委員会総会で2020年夏季オリンピックの開催地決定投票が行われ、最終的に東京が開催地に決定したことである。36歳の日仏ハーフの女子アナウンサー、滝川クリステル氏が日本代表の一員としてスピーチをした。彼女のフランス語のスピーチはとても深い印象を与えた。彼女がスピーチの中で特に強調したのは、日本語の「おもてなし(omotenashi)」、すなわち「客をもてなす心」である。このスピーチは、日本でブームになっただけではなく、国際社会でも日本の「おもてなし」に注目が集まった。広報文化センターは、この「おもてなし(omotenashi)」に国際社会が注目しているという良好な雰囲気を逃さず、全日空と協力して、「おもてなしの心」というイベントを実施した。それは、10年間にわたり客室乗務員を経験した中国人スタッフが、今までの空での乗務員の仕事と日本で見聞きした体験を話す講演会だった。日本人の細やかなもてなしの心を中国人が理解しやすい言葉に置き換えて適切なタイミングで伝えており、一般の中国人が交流を通じて、日本文化の持つ豊かな精神的深みへの理解を深めるようにした活動である。
日本語教育と学習を支援
「統計によれば、全世界の日本語学習者は約400万人で、そのうち中国での日本語学習者は100万人を突破しました。つまり、日本語学習者の4人に1人が中国人なのです。」と三上公使は語った。日本語教育と日本語学習環境を支援するため、広報文化センターは「留学相談室」を設け、日本語と中国語の両方を流ちょうに話せる留学アドバイザーが常駐して、メール、電話及び直接の来訪者からの質問に対応している。閲覧室内にも、日本の各大学、奨学金の内容等を紹介するパンフレットが置かれている。また、大使館は日本の大学等と協力して、不定期に日本留学説明会を開催し、日本の教育状況を紹介している。
広報文化センターもこれまで定期的に「日本語スピーチコンテスト」や「作文コンクール」等の活動を実施して、日本語学習者に日頃の学習の成果を披露するチャンスを与えている。三上公使は、「中国人学生の日本語スピーチコンテストに審査員として何度も招待されていますが、毎回、中国の学生の日本語レベルの高さに驚かされます。」と語った。12月12日に大使館が後援した「第9回中国人の日本語作文コンクール」の日本大使賞受賞式とスピーチ発表会が多目的ホールで行われた。参加者は自分の物語を会場の皆と分かち合った。ある学生は、祖父が自分の大学の専攻が日本語だと聞くと怒って家を出て行ったという話をしてくれた。その後、その学生の日本人の友人が片言の中国語で祖父とコミュニケーションを取り、あまり上手ではないが真摯な態度が最後は祖父を感動させたという話だった。三上公使は、「私はそれを聞いて感動して涙が出ました。こうしたイベントに参加するのは大好きで、中国の若い人たちが何を考えているのか知ることができ、日中交流にある心温まる感情を感じることができます。」と述べた。
閲覧室にある豊富な蔵書も広報文化センターが展開する重要な仕事の一部である。日本の語学、文化、芸術、社会等の分野の関係図書、資料を揃えており、多くの中国人読者の日本に対する理解を促進している。新刊図書、日本語著作の翻訳本、ファッション雑誌等、大使館は日本の現代文化の動向が反映された本や資料をできる限り多く集めている。
公共外交の舞台は幅広く、広報文化センターのあちこちで、いつでもそれが展開されている様子を見ることができる。日本の折り紙講座、日本語スピーチコンテストでの中国学生が語る物語、そして毎回イベントの後に行われる参加者との交流、そのいずれにも公共外交の姿はある。
他団体との協力を強化
日本の公共外交は、最初から政府と民間の相互協力、お互いが補い合いよりよい効果を得られるように進められている。これも日本の公共外交の特色である。在中国日本国大使館の公共外交の仕事も、広報文化センターの仕事だけではなく、他の中国に駐在する日本の政府機構、企業、地方自治体、非政府組織などとの協力によって構築されたネットワークも大変重要な役割を果たしている。
“JENESYS2.0”
本事業は日本政府が、2007年に実施した「21世紀東アジア青少年大交流計画JENESYS」の後継事業として、2013年から実施がされている。自分自身で直接「Cool Japan」を体験してもらうため、日本の歴史的建築物、世界遺産、日本企業、最先端の科学技術の展示を視察し、学校、メディア、研究機関との交流を通じて、日本に対する理解を深め、相互理解を促進するのである。
2012年年末から2013年上半期まで、日中関係は難しい局面にあったため、訪日を実現できたのは、3月10日から1週間滞在した「中国青年メディア関係者代表団」だけであった。受け入れを担当した日中友好会館は、11日に東京で中国側代表団の歓迎会を実施した。その日はちょうど「3・11」東日本大震災の発生から2周年目の節目であった。中国の代表団がこの時期に訪日したことは、両国が交流事業を重視する表れであり、大変貴重で、特別に重要な意義のある訪問だった。
下半期以降は、この事業で訪日する代表団の数は徐々に回復し、毎月ほぼ二つの代表団が出国している。中国大学生代表団、中国青年ボランティア代表団、中国経済界代表団、中国青年科学技術関係者代表団、中国教育関係者代表団、中国高校生代表団、2013年アジア国際子供映画祭訪日団等が相次いで日本を訪問し、日本の各界と友好的な交流をして、日中関係の改善に積極的な役割を果たし、両国関係の健全な発展にプラスのエネルギーを与えた。
日本大使館は、代表団訪日直前を良い機会として、北京で訪日団の歓送会を実施している。近距離で、異なる階層と分野の人々に対して仕事を展開し、訪日前に日本の関連情報を紹介した。三上公使は、「政治面では困難に直面しても、私たちは冷静に、文化、教育、青少年等の分野での交流を推進すべきです。これは双方の国にとって有益であるし、大変重要なことです。」と述べた。
「日中小大使」
日本小売業界のトップ企業として、イオングループは、税引き前利益の1%を、国際的文化交流、人材交流と人材育成等の公益イベントに使っている。2009年から、日本イオングループと北京市外事弁公室が主催する「日中小大使」相互友好交流活動がスタートした。その後、毎年夏と秋に日中両国の高校生がそれぞれ相手国を訪問して、交流活動を行っている。5年間で既に500名以上の日中の高校生が相互訪問を実現した。
昨年10月10日の夜、共催者である在中国日本国大使館の大使公邸で「2013年日中小大使」の日本高校生訪中団歓迎会が開催された。東京、大阪、兵庫県から来た日本の高校生60名と、7月に日本を訪問した60名の北京、武漢、蘇州から来た中国高校生が大使館で再会を祝った。
日本大使館による日本からの「小大使」代表団歓送会の開催は既に慣行となっている。日本の「小大使」代表団は北京訪問中、手厚いもてなしをされており、日中「小大使」の活動が、日中両国の友好往来に重要な意義を持つことを示している。三上公使は、「青少年交流は、現在日中関係が厳しい試練に直面している時期だからこそ、より重要です。日中の小大使たちの間で培った友情も、将来の日中友好往来の強固な基礎になるでしょう」と強調した。
2013年は日中平和友好条約締結から35周年、そして日中友好都市交流から40周年である。日本大使館は、積極的に日本国際交流基金、日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)、札幌市北京事務所などの団体と協力して、「日本:漫画キャラクター王国」、「おいしい日本料理」、「北海道紹介イベント」などを実施して、中国人の日本文化、飲食及び地域文化への理解を促進した。
メディア外交も公共外交の一部
メディアは、この数十年間で急激な発展を遂げ、人々の情報源となった。メディア外交とは、マスメディアの力を使って、相手国の民衆に情報を伝え、世論に影響を与え、イメージを作るものである。日本大使館もメディア外交にとても注目している。日本大使館が主催或は共催するイベントでは、まず最初に中国人に向けた発信を行っている。
広報文化センターは「日本の風」という広報誌を3ヶ月に1度発行している。これは、この期間中の大使館の活動をまとめて紹介するもので、無料で配布している。また、日本外務省が関連企業に委託して製作している「にぽにか」やその他の団体が製作した「日本之窓」や「畅游日本」も閲覧室の書架に置かれている。日本の新幹線、安全で便利なコンビニエンスストア、銀座で買い物をする際のお勧めトップ10など、こうした広報誌からも、日本の魅力を感じることができる。
インターネットの急速な普及とネットユーザーの急増に伴って、インターネットが現代社会で無視できない情報伝達のプラットフォームとなった。日進月歩のインターネット時代では、インターネットなどの現代的情報手段を通じて、一般の人々も公共外交の活動により多く参加できるようになっている。日本大使館は、オフィシャル・ウェブサイトという広報のプラットフォーム以外にも、2011年2月1日から在中国日本国大使館オフィシャル・ミニブログ(微博)を開設し、公共外交の重点の一つとして、ネットユーザーの声を直に聞き、一般の人々との「直接のコミュニケーション」を実現している。
2013年12月末までに、日本大使館の微博は、24万6千人余りのフォロワーがいて、2000回以上の情報発信をしている。その内容は、共感を呼びやすい「日本の風習」、「日本のグルメ」、「日本観光」、「日本語学習」等であり、これらの発信を通じて、中国のネットユーザーの関心と共感を得たいと考えている。
微博は、「中国の一般人」と直接コミュニケーションできるプラットフォームである。微博のフォロワー数が10万人を突破した際に、日本大使館は微博でネットユーザーの意見に耳を傾けるという考えを発信している。それは、「日本大使館は、中国の友人の皆様の声を直接聞くことのできる微博を重視しています。これからも、皆さんのコメントを削除しない方針を貫いて、日本の社会、文化、政治経済、日中関係などについて、より多く発信していきます」というものだった。
注目すべきことに、大使館は登録した会員向けのメール送付サービスもしている。広報文化センターで開催される各種イベントの通知や、ホームページ上で更新された各種情報、例えば、日本の各分野での最新の研究成果、面白い発見、伝統的風習の紹介などを「日本話題」と題して、タイムリー且つ効率的にターゲット層に対してメールで案内している。これは、ホームページや微博の情報伝達上の足りない部分を補うものである。
公共外交の仕事で感じたこと
「私は2012年9月に公使として北京に赴任しました。中国に滞在した時間はまだそれほど長くはありませんが、だからこそ新しい角度から中国を見ることができるのは、自分のメリットだと思います。」「日本の福岡の児童劇団が中国の雲南省でボランティア公演をした際に同行したり、12月初めに北京大学で開催された日本アニメ講座に参加したり、私は、民間の草の根交流の力をより深く感じています。」と三上公使は語った。
「『公共外交は、日中関係が調和した発展をするための根本的な解決方法』と言う人もいますが、私はこの意見には半分だけ賛成です。伝統的な外交を通じてしか解決できない問題もありますし、公共外交だけでは解決が難しいこともあります。その上で、今の時代は、政府間の交流や意思疎通だけでなく、国民同士が直接相手を理解することも不可欠です。伝統的な外交と公共外交は、車の両輪のようなもので、どちらが欠けてもいけません。国民の相手国への理解、「客観的」な世論環境、「友好的」な民間の基礎が不足すれば、両国の友好関係の発展も長続きしないのです。」と三上公使は述べた。
「現在、日中両国の国民世論は、お互いに相手国に対する評価は良くありません。日本大使館の『润物细无声』(雨は静かに降り、万物に潤いを与える)の公共外交活動で、お互いの理解を促進したいと思います。この一年を振り返って見ると、緊張した日中関係の影響を受けて、上半期の活動は多少停滞し、私たちも心配しました。しかし、夏以降は一部の活動は少しずつ回復してきています。まだ完全に回復したとは言えませんが、少なくとも積極的なシグナルと良いスタートだと信じています。」と三上公使は語った。
「私の主な仕事は、日本を紹介、宣伝することですし、中国人の日本に対する理解を促進したいと希望しています。ただ、日本人がどのように中国を理解するのかということにも、私は大変注目しています。日本メディアの一部では、中国のマイナス面が報道されますが、私は日本のメディアに会った時には、プラス面の内容も多く報道して欲しいと言っています。日中両国の国民感情は近年来あまりよくありませんが、ある程度はこうした報道の影響を受けているともいえます。だからこそ、メディアの皆さんには、政府間の対立や摩擦といった刺激的なニュースや、マイナス報道だけに重点を置くのではなく、日中交流の積極的なニュースをもっと報道してほしいと心から思います」と三上公使は述べた。
中国国民は日本文化、科学技術に対して比較的強い信頼と尊敬の気持ちがあり、特に若者の評価は比較的高い。三上公使は、「来年も、大使館は引き続き最大限努力して、日本に関心を持ってくれている方たちのニーズに応えたいと思います。他の関連団体とも協力して、中国の方達により素晴らしい文化交流や体験イベントを提供して、日中友好交流事業の促進に貢献したいと思っています。」と語った。
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