外商投資法について

令和元年10月29日
森・濱田松本法律事務所
(令和元年度受託法律事務所)

本資料は、中国[1]の「外商投資法」の概要をQ&A方式により、説明するものです。
 
Q1「外商投資法」の意義
今般、中国において成立した「外商投資法」とはどのような法律ですか。
A1
2019年3月15日、全国人民代表大会において、「外商投資法」が可決され成立しました。「外商投資法」は、外資による中国への投資に関する基本法であり、中国に投資をしようとしている外国企業又はすでに中国に投資をしている外国企業にとって重要な法令といえます。「外商投資法」は、2020年1月1日から施行されます。
「外商投資法」は、総則、投資の促進、投資の保護、投資の管理、法律責任及び附則の6章、計42条で構成されています。
 
Q2「外商投資法」の制定経緯
「外商投資法」はどのような経緯で制定されたのでしょうか。
A2
中国政府はここ数年来、外資による中国への投資・進出をさらに促進すべく、各種の外資規制の緩和・開放政策を積極的に推し進めてきました。
その中で、外資による中国への投資に関する基本法とすることを企図して、2015年1月に「外国投資法」の草案が公表されましたが、その後立法の動きが止まっていました。しかし、今般、米中貿易摩擦の激化を背景に、2018年後半から制定作業が加速し,2018年12月末の「外商投資法」の草案の公表及び意見募集から間もなくして,今回の「外商投資法」の正式制定に至りました。
 
Q3「外商投資法」のポイント
「外商投資法」において特に注目すべきはどのような点でしょうか。
A3
「外商投資法」においては、特に、従来外資による法人形式の投資を規律してきた「外資独資企業法」、「中外合弁企業法」及び「中外合作経営企業法」のいわゆる外資三法の廃止「会社法」に定めるガバナンス体制の適用参入前内国民待遇及びネガティブリスト管理制度の確立、並びに知的財産権の保護及び技術移転強要の禁止等の規定が注目されます。
 
 
Q4外資三法の廃止
外資三法が廃止されるとどのような影響が生じるでしょうか。
A4
「外商投資法」の施行に伴い、従来の外資三法が廃止されます(42条)。これまで、外資独資企業、中外合弁企業及び中外合作企業に対しては,それぞれ特別法である外資三法が適用され,組織構成等について中国の内資企業に適用される会社法のデフォルト・ルールと異なる点が存在しました。しかし、外資三法が廃止されると、上記各類型の外商投資企業についても、組織構成等について内資企業と同様に会社法のデフォルト・ルールが適用されることになります(31条)。
特に、中外合弁企業の場合は、中外合弁企業法に基づき、下表のとおり、株主会が存在せず、各株主により選任された董事により構成される董事会が最高意思決定機関とされる等、特殊な組織構成となっていましたが、中外合弁企業法の廃止により、これらに大幅な変更が生じることになります。
 
≪中外合弁企業法と会社法における組織構成の主な相違点≫
項目 中外合弁企業法 会社法
最高意思決定機関 董事会(株主会は存在しない) 株主会
重大事項(定款変更・増減資・合併・解散等)の決定 董事会の全会一致決議事項
(全ての董事の賛成が必要)
株主会の特別決議事項
(原則として3分の2以上の賛成)
董事の人数 3名以上(董事会設置必須) 董事会を設置せず、執行董事1名とすることも可能(株主少数又は小規模の場合)
董事の選任方法 出資比率を参照して各株主が選任 株主会決議(決議要件は定款に規定)による選任
 
Q5外資三法の廃止に伴う猶予期間
外資三法の廃止に伴う組織構成の変更はいつまでに行う必要がありますか。
A5
外資三法の廃止に伴う組織構成等の変更・移行については、「外商投資法」の施行日(2020年1月1日)から5年間の猶予期間が設けられており(42条2項)、既存の外商投資企業について、必ずしも直ちに組織構成等の変更・移行が必要となるわけではありません。
但し、猶予期間中であっても、法定代表者、登録資本、出資比率等の各種の変更登記・届出の際に,登記機関等から会社法に即した組織構成等への変更・移行が要求される可能性は否定できません。今後、猶予期間に関する具体的な実施規則が制定されることが予定されており(42条2項)、この実施細則の内容や実務の動向を注視する必要があります。
特に中外合弁企業の場合には、相手方との協議・合意が必要となる上、株主会の新設・重要事項の決議要件の変更等の重要な変更が予定されているため、早期に検討を開始しておくことが望ましいと考えられます。
 
Q6参入前内国民待遇及びネガティブリスト管理制度の意義
「外商投資法」に規定される参入前内国民待遇及びネガティブリスト管理制度とは何でしょうか。
A6
2013年から自由貿易区で試行運用された後、2016年から全国で運用されている参入前内国民待遇[2]及びネガティブリスト管理制度[3]の確立が、「外商投資法」においても改めて確認されました。そのため、投資参入の段階で、外国企業は中国企業と同等の扱いを受けることが原則とされ、例外的に、ネガティブリスト[4]において投資禁止分野とされている事業については外国投資が禁止され、また投資制限分野についてはネガティブリストが定める条件を満たさなければならないことになります(28条1項、2項)。また、外商投資企業の設立及び定款等の重要事項の変更について、ネガティブリストにおいて制限の対象となる場合には、事前の審査認可が必要となりますが、ネガティブリストにおける制限の対象でない場合には、事前又は事後の届出で足ります。
 
Q7「外商投資法」の適用範囲
「外商投資法」は誰の、どのような行為に対して適用されるでしょうか。
A7
本法の適用対象である「外商投資」については、「外国投資者」(外国の自然人、企業及びその他の組織)を主体とし、当該「外国投資者」が「直接又は間接的に中国国内において行う投資活動」と定義されております(2条)。具体的には、以下の4つの投資活動が含まれます。
(1) 外商投資企業の設立
(2) 中国国内企業の株式又は持分等の取得
(3) 新規プロジェクト
(4) 法律、行政法規又は国務院の規定するその他の方式による投資
 
上記(1)に関して、「外商投資企業」とは、全部又は一部が外国投資者により投資され、中国の法律に基づき中国国内において登記登録を経て設立された企業と定義されております(2条3項)。この「外商投資企業」の定義(外国投資者による投資と定義されており、間接的な投資には言及されていない)によれば、外国企業の中国子会社の子会社(外国企業から見れば孫会社)は「外商投資企業」には該当しないように読めます。しかし、上記の外商投資の概念には、外国投資者による間接的な中国投資も含まれるため、外国企業がその中国子会社を通じて中国に投資する場合(例えば外国投資者の孫会社を設立する場合)は、外商投資に該当し、本法が適用されると考えられます。
 
Q8 投資の促進に関する規定
「外商投資法」においては、投資の促進に関してどのような規定が定められていますか。
A8
「外商投資法」は、外国投資者による中国への投資を促進するために、主に以下の促進措置を規定しています。
 
(1) 外商投資政策の透明性の引き上げ
外商投資と関連する法律法規を設定する場合、外商投資企業の意見及び提案を聴取し(10条1項)、また外商投資と関連する規範性文書や裁判文書を公布する(10条2項)とされています。
 
(2) 平等な市場競争参加の保障
外商投資企業に対する企業発展に資する各政策の適用(9条)、標準制定業務への参加(15条)、政府調達活動への公平な参加の保障(16条)及び株券、社債の公開発行等の方式による融資(17条)等の規定が設けられています。
 
(3) 外商投資の奨励及び誘致
国は、特別経済区域の設立、特定の区域内における試験的政策措置の実施、及び特定の業種・分野・地域における投資の優遇措置により、外商投資を促進し、奨励するとされています(13条、14条)。また、県レベル以上の地方人民政府には、法定の権限内で外商投資を促進する政策措置の制定権が与えられています(18条)。
 
Q9 投資の保護に関する規定
「外商投資法」においては、投資の保護に関してどのような規定が定められていますか。
A9
国は、外国投資者の中国国内における投資、収益及びその他の合法的権益を保護するという原則的な規定が設けられています(5条)。その上で、「外商投資法」においては、投資の保護に関して、主に以下の規定が設けられています。
 
(1) 外商投資企業の財産権保護の強化
国は、原則として、外商投資者の投資に対し収用を行わず、例外的に特殊な状況下においてのみ公共利益の需要のために収用が可能であるとされています(20条)。また、外国投資者の中国国内における収益等の海外送金の自由(21条)、行政機関及びその職員による営業秘密の保持義務(23条)[5]等が規定されています。なお、知的財産権の保護に関してはQ10をご参照ください。
 
(2) 各級人民政府への制約
「外商投資法」では、各級人民政府及び関連部門が制定する外商投資に関する規範性文書は、外商投資企業の合法権益を減損したり、義務を加重したり、市場参入、退出条件を違法に設置してはならず、外商投資企業の正常な生産経営活動を干渉又は影響してはならないと定めています(24条)。また、各級人民政府及び関連部門がその制定した政策承諾及び締結した各種の契約を厳格に履行することも明確に要求されています(25条)。
 
(3) 外商投資企業の苦情申立の処理の仕組み
国は、外商投資企業の問題を速やかに解決するために、外商投資企業の苦情申立の処理の仕組みを確立するとされています(26条)。
 
Q10 知的財産権の保護に関する規定
「外商投資法」においては、知的財産権の保護に関してどのような規定が定められていますか。
A10
「外商投資法」は、知的財産権を侵害した行為について、厳格に法律責任を追及することが強調されています(22条1項)。また、近時の米国との貿易摩擦交渉において、中国は技術譲渡を強要していると批判されていますが、この点について、「外商投資法」は、行政機関とその職員の行政手段による技術譲渡強要の禁止を明記しています(22条2項)[6]
さらに、知的財産権の保護に関しては、「外商投資法」の成立直後の2019年3月18日に公表された国務院の決定(正式な公布・施行日は2019年3月2日)により、国外からの技術のライセンス等に関する「技術輸出入管理条例」や中外合弁企業に関する「中外合弁企業法実施条例」における国外のライセンサー・外国側出資者に不利な規定が、削除されております。具体的には、(1)「技術輸出入管理条例」における、ライセンシーが許諾技術の使用により第三者の権利を侵害した場合に責任を負う旨の規定(同規則24条3項)及び技術改良の成果は改良側(即ちライセンシー)に帰属する旨の規定(同規則27条)等[7]が削除され、また(2)「中外合弁企業法実施条例」における,技術移転契約の期間満了後の中国企業の技術継続使用権を認める旨の規定(同実施条例43条)が削除されており、これらの規定は当事者間の合意により排除できない強行規定と実務上解されていましたが、今後の中国企業とのライセンス契約の交渉においては、これらの事項についても柔軟な交渉が可能となると考えられます。
加えて、「外商投資法」における知的財産権の保護の強化と関連して、2019年4月23日に公布された全人代常務委員会の決定により、「商標法」「不正競争防止法」等が改正され、商標権及び営業秘密の保護がさらに強化されました。
具体的には、「商標法」の改正[8]により,「使用を目的としない悪意の商標出願は拒絶する」とする規定が追加され、悪意出願に対する規制が強化されました(同法4条、19条3項等)。また、商標権侵害の場合における懲罰的賠償の上限が、違法利益の3倍から5倍に引き上げられる等、賠償責任が強化されました(同法63条)。
さらに、「不正競争防止法」の改正[9]により、営業秘密の権利者が、営業秘密が侵害されたことを証拠をもって合理的に示した場合、権利侵害の被疑者が、営業秘密侵害の不存在を立証する責任を負う等、営業秘密の権利者の立証責任が軽減されました(同法32条)。また、営業秘密の悪意侵害の場合における懲罰的賠償の規定を追加し、実際の損害等の5倍以下の懲罰的賠償を課すことが可能となりました(同法17条3項)。さらに、行政処罰金額の上限も、通常の罰金額は50万元から100万元に、情状が重大である場合の罰金額は300万元から500万元に、それぞれ引き上げられています(21条)。
 
Q11 投資の管理に関する規定
「外商投資法」においては、投資の管理に関してどのような規定が定められていますか。
A11
「外商投資法」は、ネガティブリスト管理制度の他に、主に以下の管理措置を規定しています。
 
(1) 外商投資情報報告制度
外国投資者及び外商投資企業は、企業登記システム及び企業信用情報公示システムを通じて商務所管部門に投資情報を提出しなければならないとされています(34条1項)。
 
(2) 外商投資国家安全審査制度
外商投資国家安全審査制度は、既存の「国家安全法」、「独占禁止法」、「国務院による外国投資者による国内企業買収に対する安全審査制度の確立に関する通知」等の法令においても規定されておりますが、「外商投資法」においても、外商投資安全審査制度の確立について明確に規定されています。もっとも、「外商投資法」においては、国家安全に影響する又はその可能性がある外商投資に対して安全審査を実施し、安全審査決定は最終決定とするとのみ規定されており(35条)、詳細な要件、手続、要素等は定められていません。そのため、外商投資国家安全審査制度の詳細については、今後別途法令が整備される可能性があり、その動向について注視をする必要があります。
 
本資料の利用についての注意・免責事項
 本資料は、森・濱田松本法律事務所が2019年8月末日までに入手した中国の法令等の公開情報に基づき作成しており、その後の法令改正等を反映していません。また、本資料に掲載する情報について、一般的な情報・解釈がこれと同じであることを保証するものではありません。本資料は参考情報の提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。
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以上
 
[1] 本資料において、中国とは中国大陸を含み、香港特別行政区、マカオ特別行政区及び台湾地区を含みません。
[2] 参入前内国民待遇とは、投資参入の段階で、外国投資者及びその投資への待遇に対して中国国内投資者及びその投資への待遇を下回らないことをいいます(4条)。
[3] ネガティブリストとは、国が特定の分野で外商投資に対して実施する参入特別管理措置をいいます(4条)。
[4] 現行有効なものは、「外商投資参入特別管理措置(ネガティブリスト)(2018年版)」です。
[5] この点に関連して、「行政許可法」が改正され(2019年4月23日公布、同日施行)、行政機関及びその職員等は、国家安全又は重大な社会的公益に係るもの等を除き、申請者の同意なく、申請者が提出した営業秘密等を開示してはならない旨の規定が追加されました(5条2項)。この義務に違反した場合の上級行政機関又は監察機関による是正及び行政処分に関する規定(72条5号)、及び行政機関が申請者の営業秘密等を開示する場合、申請者は合理的期間内に異議を申し立てることができる旨の規定も追加されました(5条2項)。
[6] この点に関連して、2019年の「行政許可法」改正により、行政機関及びその職員は、技術の譲渡を行政許可取得の条件としてはならず、行政許可を実施する過程において、直接又は間接的に技術の譲渡を要求してはならない旨の規定が追加されました(31条2項)。これらの義務に違反した場合の上級行政機関等による是正及び行政処分に関する規定も追加されています(72条6号)。
[7] その他に、技術供与側による各種の制限条項の付加を禁止する旨の規定も削除・廃止されましたが、「契約法」及び関連の司法解釈にも同様の規定が存在するため、当該規定の削除・廃止によりこれらの制限条項の規定が直ちに自由に可能となるわけではないと考えられます。
[8] 2019年11月1日施行
[9] 2019年4月23日施行